デフレ肯定論の落とし穴

日銀が今月2日に公表した「生活意識に関するアンケート調査」(第61回)によると、「物価に対する実感」は足元を中心に従来並みか、わずかに上昇。原油価格の下落などにもかかわらず、人々の予想物価上昇率が安定していることが示された。

しかし、「物価上昇・下落についての感想」を見ると、物価下落を「どちらかと言えば、困ったことだ」と受け止めているという回答が39.3%と2四半期連続で減少。現行調査で最も高かった第59回(2014年9月)調査時の回答(57.5%)の3分の2にとどまった。

この間、「どちらかと言えば、好ましいことだ」との回答は33.9%と前回の20.8%から急増。一方、物価上昇に関する回答には、さほど大きな変化はなく、原油安を背景に足元で消費者物価の軟化が続く中、デフレ脱却を目指すことに否定的な意見が増え始めた可能性がある。

物価上昇に対するこうした否定的な見方の原因は、3月の景気ウォッチャー調査で紹介された「4月以降の用紙価格の上昇が決定し、値上げ交渉をしているが難航している。大半が転嫁できない(南関東=出版・印刷・同関連産業)」などの声に見つけることができるだろう。

そして、それと呼応するように「日銀の2%物価目標は誤り」「出口戦略が必要」といった論調が再び息を吹き返している。

むろん、筆者も消費者物価そのものが下がることに対し、常に悪いと考えているわけではない。特に「労働の対価」でもある賃金が増加しているのであれば、消費者物価の下落は実質所得の改善をもたらす良いことだと言えるだろう。

しかし、そのような環境を日本全体で整えるのは、最近のように原油価格が下落でもしない限り難しい。というのも、消費者物価の下落は企業が生産性を引き上げたり、コストを削減したりと、誰かがその分のコストを払っていることを意味するからだ。

常識的に考えて、企業の生産性が上昇し続けるというのは「革命」と称されるほどの変化が起きない限り、難しいだろう。つまり、消費者物価の低下は売上高の減少などを通じて、従業員の賃金に跳ね返ってくる可能性が高いということである。

最悪の場合、人員整理によって収入すらも失いかねない。消費者物価の低下は賃金の上昇が続くという稀有な環境では経済を活性化させる可能性があるものの、通常は「パイの縮小」を招くだけで、決して活性化にはつながらない。やはり、デフレは「だめ」である。

こうした主張をすると、上述したコスト転嫁の困難さや、それによる企業経営の行き詰まり、家計のやりくりの苦労を軽 視しているとのお叱りを受けるかもしれない。しかし、デフレ下では上述した通り、コストは低下するが、売上高や収入も減少し、倒産と失業のリスクが高ま る。個々の事情を見れば、どちらも同じぐらいに酷い状態と言えるが、再チャレンジの可能性という意味では明らかに今の方に軍配が上がるだろう。

パイが縮小している世界では、企業の再建も再就職もままならない。個々の生活に関して言えば、物価の下落が好ましく、物価の上昇は困ったことに違いないが、それをマクロ経済にそのまま当てはめるとかえって悪い結果を招いてしまう。

<物価は夏場以降再び上昇へ>

そもそも、消費者の立場からしても、物価下落が好ましいとは限らない側面もある。建物の構造計算書の偽造、食品の産 地や賞味期限の偽装はすべての事例ではないにしても、そのうちの少なくない部分は過度とも言える価格競争によって引き起こされた可能性があると筆者は見て いる。

もちろん、企業のなかには革命的な発明や小さな努力を積み上げることで、コスト競争力を磨いているところも少なくな い。しかし、一般的に考えて、どんな商品、サービスにも適正な価格が存在するはずである。今の時代、「安かろう、悪かろう」が通用するとは考えにくいが、 それを前提にしても、価格の安さのみが注目されるトレンドはそろそろ終わりに近づいているのではないだろうか。

中国で 労働者などの権利に対する意識が高まっていることも大きな変化だ。米大手デジタル家電・ソフトウェア企業が中国の下請け工場で劣悪な労働環境を放置したと して批判されたことは記憶に新しい。米国でも、待遇改善を訴えた港湾労働者の争議が長期化、またファーストフード大手や小売大手が相次いで従業員の給与を 引き上げると発表している。

翻って日本でも、報道によれば、繊維・化学・食品・流通などの労働組合が加盟する「UAゼンセン」が8日まとめた 2015年春季労使交渉の中間結果で、パート組合員の時給が2014年の倍以上の上昇幅になると伝えられている。その背景には経済の正常化という基本的な 流れがある可能性が高い。加えて、上述した商品やサービスと同様、労働に対する対価の適正さが問われていると考えることもできるだろう。

こうした視点で最近の日本経済を見ると、日用品を中心に安さを追求するトレンドは変わらないものの、「プチ贅沢」や 「自分へのご褒美」などに対する需要も根強い。最近の格安航空機に絡む事故が業界の抱える構造問題を象徴するのか、不幸な偶然が重なって発生したのかを評 価することは難しいが、食品偽装事件の多発した直後と同様、消費者の購買行動に少なからず影響を与える可能性は高い。

ただ、それが前述した生活意識に関するアンケート調査などに示されたようなセンチメントに勝るのかどうか。筆者は、 消費者物価(CPI)について、目先は低迷するものの、夏以降は原油安の効果が一巡することなどから、意外と速いペースで上昇する可能性が高いと見てい る。果たしてそのとき、消費者はデフレ脱却に対して、どういう反応を示すのか。

モノの価格が賃金以上に上昇するのは困ったことである。しかし、だからと言って、モノの価格が賃金とともに下落する 世界に将来があるわけでは決してない。デフレ肯定論はともすると聞こえが良いが、それはあくまで、賃金が他のモノほど下がらず、失業するリスクもない世界 の話である。現実はそうはいかない。

 

一致が3カ月ぶり低下、基調判断据え置き

内閣府が6日発表した2月の景気動向指数速報によると、CI(コンポジット・インデックス)一致指数は前月比2.8ポイント低下し、110.5ポイントと なった。3カ月ぶりに低下した。生産関連指標が弱く、2014年4月(3.3ポイント低下)以来の下げ幅となった。3カ月後方移動平均などを使って機械的 に判断される基調判断は「改善を示している」で据え置いた。

一致指数のうち、マイナスに寄与したのは8系列、投資財出荷指数(除輸送機械)、生産指数(鉱工業)、鉱工業生産財出荷指数、中小企業出荷指数(製造業)などがマイナスに寄与した。内閣府では、中国の旧正月の影響や反動減の要素もあるとしている。プラスは、商業販売額(小売業)の1系列のみだった。

先行指数は前月比0.2ポイント低下の105.3。2カ月連続で低下した。在庫の増加が影響した。新規求人数(除学 卒)、最終需要財在庫率指数、鉱工業生産財在庫率指数など4系列がマイナスに寄与した。プラスは5系列で消費者態度指数、東証株価指数、新設住宅着工床面 積など。